2009年07月05日

どん底で思ったこと。

あたしは、

人に与えるものが何もないなぁ。

誰かの書いた歌にすがってやっと生きてる。

この歌を書いた人は、
しあわせなのかな?
それとも、苦しんだ末に生まれた曲なのかな?

苦しい時に喜びの歌を書きつづる、と言った人もいたけど。

よく若い時の苦労は買ってでもしろ、とか
(若くない場合はどうすれば・笑)
傷ついたことのある人は他人にやさしくできる、とかいうけど、

あたしは、苦労は人を曲げてしまうような気がしてならない。

苦労で曲がってしまうような弱い人間は、そもそも生きる力がないってことだろうか。

このところ立て続けに打ちのめされているので、またなんかスピリチュアルに戻りつつあります。
ちょっとうまくいって油断するとすぐ足元をすくわれる。
目の前の事象と、それをどう受け止めるかには実は関連性がないんだというけれど。
つまり苦しいと思えば、苦しい。思わなければ別になんでもないことなんだと。
こういうことは苦しい、と関連付けてしまうのは過去の悲しい学習なんだそうだ。

そうじゃないように育つのはなかなか難しい。
そういう環境ってなかなか。

でも、何度ももうダメかな…
ダメってこともあるよな。そういう結末だってある。

そう思いながら、まだ、生きてる。

生きて、いくんだろうか。

人に何か与えられたらいいよな。
それが人の価値なんだと思う。
あたしはまだ誰にもそういう「価値」を与えてない。
ましてや仕事なんて、もうバカにされどおしだ。

代わりはいくらでもいる。
オマエ程度は掃いて捨てるほどいる。

言われてないけど、感じてる。
そういう態度をとられてる。

ならどうぞ、代えてください。

そう言っていいのかどうか迷ってる。
自分のレベルが低いから悪いんだ。誰にも必要とされないなら生きてる資格ないじゃないか。

必要とされる、って、何?

ただ生きていくだけのことが、そんなにハードル高いの?
みんなそんなにすごいことしてるの?

よく今まで生きてきたよねあたし。
特別に「あたし」が必要とされてるわけでもないのに。

誰かの書いた歌にすがってようやく息をしながら、
こんなふうに誰かの力になれたらいいなぁ、と薄く夢を見る。
自分が苦労をしてるから、苦労することのつらさも涙も知っているから、苦労してる人を励ましてあげられたらいいなぁと思う。
楽に生きてる人はほっといても平気でしょ(笑)
遠くからこっそり、苦しんでる人にメッセージを送って…

どこかでつながったらいいなぁと。夢見ています。
posted by ひまわり at 11:24| 千葉 霧| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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