人に与えるものが何もないなぁ。
誰かの書いた歌にすがってやっと生きてる。
この歌を書いた人は、
しあわせなのかな?
それとも、苦しんだ末に生まれた曲なのかな?
苦しい時に喜びの歌を書きつづる、と言った人もいたけど。
よく若い時の苦労は買ってでもしろ、とか
(若くない場合はどうすれば・笑)
傷ついたことのある人は他人にやさしくできる、とかいうけど、
あたしは、苦労は人を曲げてしまうような気がしてならない。
苦労で曲がってしまうような弱い人間は、そもそも生きる力がないってことだろうか。
このところ立て続けに打ちのめされているので、またなんかスピリチュアルに戻りつつあります。
ちょっとうまくいって油断するとすぐ足元をすくわれる。
目の前の事象と、それをどう受け止めるかには実は関連性がないんだというけれど。
つまり苦しいと思えば、苦しい。思わなければ別になんでもないことなんだと。
こういうことは苦しい、と関連付けてしまうのは過去の悲しい学習なんだそうだ。
そうじゃないように育つのはなかなか難しい。
そういう環境ってなかなか。
でも、何度ももうダメかな…
ダメってこともあるよな。そういう結末だってある。
そう思いながら、まだ、生きてる。
生きて、いくんだろうか。
人に何か与えられたらいいよな。
それが人の価値なんだと思う。
あたしはまだ誰にもそういう「価値」を与えてない。
ましてや仕事なんて、もうバカにされどおしだ。
代わりはいくらでもいる。
オマエ程度は掃いて捨てるほどいる。
言われてないけど、感じてる。
そういう態度をとられてる。
ならどうぞ、代えてください。
そう言っていいのかどうか迷ってる。
自分のレベルが低いから悪いんだ。誰にも必要とされないなら生きてる資格ないじゃないか。
必要とされる、って、何?
ただ生きていくだけのことが、そんなにハードル高いの?
みんなそんなにすごいことしてるの?
よく今まで生きてきたよねあたし。
特別に「あたし」が必要とされてるわけでもないのに。
誰かの書いた歌にすがってようやく息をしながら、
こんなふうに誰かの力になれたらいいなぁ、と薄く夢を見る。
自分が苦労をしてるから、苦労することのつらさも涙も知っているから、苦労してる人を励ましてあげられたらいいなぁと思う。
楽に生きてる人はほっといても平気でしょ(笑)
遠くからこっそり、苦しんでる人にメッセージを送って…
どこかでつながったらいいなぁと。夢見ています。
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